2012年4月20日金曜日

幸せになろう!


僕がその猫を始めて目にしたのは
3月28日の夕方だった。
おっかなびっくりと道路を横切る様は
見ていてヒヤヒヤした。


僕らの職場である整骨院は郊外の新興住宅地にある。
駅があり、大きなスーパーがある。
人通りもあって、車も多い。
この辺で野良猫を見かけることは
まずなかったので、とても気になった。

仕事を終えてからキャットフードを片手に
辺りを探してみたが、
その日はとうとう会うことが出来なかった。

年度末で何かと忙しく
それから数日はその猫に出会うこともなく
忘れてしまっていた。

4月1日
大型スーパーの駐輪場で猫の鳴き声を耳にした。


あの猫だ!

あの猫が数人の中学生くらいの少年数人に
捕まって自転車の籠に乗せられようとしていた。

「君達、何やってるの?!」

僕らの問いかけに
体裁悪そうにしている少年の隙を付いて
あの猫はサッと植え込みの奥に逃げて行った。

あの猫、まだこの辺をウロウロしてたんだ。


僕らはその日から
朝や昼休み、手の空いた時間に
あの猫の様子を見に出掛けるようになった。

あの猫が縄張りにしているは
駅前のロータリー、
大型スーパーの前の植え込みなど
本当に狭い。
人に対する警戒心が全くない。
捨て猫に違いない。


ただその人間を信じ切った無防備さには怖さもある。

たまたま様子を見に出掛けた時には
植え込みで昼寝をしているその猫を
春休み中の小学生が棒で突っついていた。
すぐに注意して止めさせたけれど、
別段、人を怖がるでもなく
僕の足元にすり寄って来る。

君をここに捨てたのも人間なのだよ。

それでも人を頼るしか
生きる手段がないこの猫の行く末を案じた。

そして4月3日、
あの春の嵐の日を迎える。
僕らはあの猫が気になって仕方がなかった。
どこであの雨風を凌ぐのだろうか?

僕らは幾度もあの子の様子を見に出掛けた。
せめて空腹だけは満たしておいてあげたい。
しかしあの子はいなかった。
あの夜、あの子は何処に身を潜めていたのだろう?

翌朝はイの一番に
食事を持ってあの子を探した。
いなかった。

僕らはこの時点で
あの子の行く末を他人事には
思えなくなっていた。

ただ簡単にはいかない。
この子がエイズや白血病のキャリアだったら・・・
うちには目に入れても痛くない可愛い4ニャンがいる。
リュウ君はストレスに弱い、癲癇持ちだし、
ルカたんもアレルギーを持ったお腹の弱い子だ。
まだまだ余震も続いている。

ため息ばかりが出てしまう。
せめてお腹だけは満たしてあげたい。
僕らは時間を見つけてはあの子を探した。


そしてあの子はひょっこり
僕らの前に現れた。
ホッとした。
涙が出そうなほど、愛おしかった。
持参したマグロの缶詰を美味しそうに食べ終え、
あの子は僕らに擦り寄って来た。
妙に鳴く。
擦り寄っては鳴く。
何かを訴えているかのごとく。
頭を撫でやると今度は横になって腹をみせる。
懸命に何かを訴え、必死に甘えてみせる。

「ごめん。連れては帰ってやれないんだ。」
あの子の身体をきゅっと抱きしめ、
僕らはその場を立ち去った。
あの子はこちらを見てはいるものの
それ以上、付いて来ようとはしなかった。
僕らの思いを察するかのように・・・


それからも僕らは
ご飯とお水を持って出掛けた。
僕ら以外にも数名の方が
カリカリや猫缶をあげているようだった。
とても人に慣れている。
飛雄吾くんが目ヤニを取ってやろうとすると
従順に身を預ける。
フロントラインも良い子にしてさせてくれた。

そして4月11日
気温が急に下がり
夕方から雨風が強くなったその日。
僕らは帰宅前に
あの子の元に出掛けた。
あの子は空き地の大きな木の下にうずくまっていた。


「来てくれたんだ。」
そんな目をして僕らを見つめて
美味しそうに猫缶を食べ始めた。
しばらくすると食べるのを止めて
また何かを訴えるように鳴いた。
体を摺り寄せ、懸命に何かを訴えている。
その身体は濡れていて冷たかった。

この夜、
僕らはまたしてもあの子の命がけの訴えを
聞き入れてやることが出来なかった。

あの子は聞き分けが良い。
諦めるのだ。
踵を返す僕らを寂しそうに眺めながら
あの樹の下で立ちすくんでいた。
その姿はいつまでも忘れることはないだろう。


ねぇ、幸せになろう!
もう裏切らないよ。

リスクはあるけれど
今の僕らにはそれが出来るだろう。


ララとリュウとルカとレンがいてくれるから。

「ロト」
飛雄吾くんがとても良い名前を付けてくれた。